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作り手らしく、そして滋賀県民らしく「高島帆布」のことを考えると一度は高島に足を運んでほしいとオススメしたくなる、そんなお話

高島帆布 織機

帆布のバッグをメインにオリジナル商品を提供するシナテルを語る上で外せない高島帆布。
今回は高島帆布の特長と魅力についてお話ししていきたいと思います。最近では高島帆布もアパレル商品に使われることが多くなり、直接消費者の目に触れることも増えてきたと実感しています。楽天市場やヤフーショッピング等のECサイトでも検索ワードとして使用されているくらいですから認知度としてはここ数年でぐっと上がってきたという実感があります。
滋賀県高島市で織られている帆布=高島帆布の歴史や特長を紹介しながら、高島帆布でものづくりをする一企業作り手として、そして滋賀に住む一県民として、独自の視点からの高島帆布の魅力伝えることができれば、と思います。

その① 帆布の由来は帆船の帆、古くは江戸時代の北前船の帆が直接の由来?

高島帆布の紹介の前にそもそも「帆布」とは平織りの厚手の生地の総称をいいます。
10番といわれる太さの綿の糸を使用し、たて糸に何本、よこ糸に何本使って織るかで生地の号数(厚さの基準)が変わるといったとてもシンプルな方法で織られています。その仕組みは全国共通なので、どの産地の帆布もある程度はこの基準の中で作られていると思います。

帆布の由来は読んで字の通り帆船の帆をからきていますが、江戸時代に松右衛門さんが北前船のために発明した帆船の帆専用の布を作ったのが帆布と呼ばれるの直接の由来になったのではないかなぁと個人的に推測しています。その松右衛門さんが自分だけの利益に走らずに広く製造方法を伝えてくれたおかげで、日本の海運が飛躍的に成長し、その結果日本の帆布産業があるといっても過言ではないと思います。

その② 高島で綿織物が発展したのは江戸時代から続く大都市とのつながりがあったから?

高島帆布の魅力を伝える前にまず滋賀県について少しお話を。
滋賀県は人口148万人、そしてど真ん中に琵琶湖があり、面積は滋賀県のおおよそ1/6を占めます。
そして東西南北で大きく気候や文化、生活様式が違うのも滋賀の面白いところだなぁと思います。
高島帆布を生産している高島地域は湖西と呼ばれ、自然が豊かで風光明媚、そして冬になると一面銀世界になる滋賀でも有数の豪雪地帯です。
滋賀は都のあった京都や大阪を結ぶ東海道や中山道といった主要街道や船を用いた輸送の中継地としてまさに交通の要所として発展した歴史があり、特に高島地域でいうと北海道や東北からの産物を敦賀で陸揚げし、陸路を使って届けられた産物を高島から琵琶湖を経由して大阪まで運ぶ中継地でした。

また、地経済の中心であった京都、大阪に地理的に近かったのも滋賀の産業が発展する要因の一つでした。高島帆布、高島ちぢみの祖先ともいえる江戸時代より織られていた木綿の生地は冬の農閑期の貴重な収入源で、その木綿と買い取る京都、大阪の問屋と結びついていたからこそ副業として成立していたといえます。そして時代が進みそういった問屋とのつながりがより一層強固になり、綿織物の産地としての規模が大きくなっていったのではないかと思います。

その③ 「高島しぐれ」がもたらす繊維業にピッタリの独自の気候

高島のある滋賀の西側は山と琵琶湖の距離も近く、秋冬になると湿気を含んだ空気が日本海側から入り込み、雨雪共に多い特徴的な気候です。そういった独特の気象条件は「高島しぐれ」と呼ばれ、最適な湿度は糸を撚ったり織ったりするときに摩擦で切れるのを防いでくれ、繊維を強くしてくれるまさに繊維産業にふさわしい環境だといえます。そういった気候条件、地理的要因が地場産業として発展していく上で重要な要因の一つだったのだろうと思います。

その④ 産業資材としての確かな品質をアパレル商材に

近年でこそ、アパレル商材としての「高島帆布」を目にしたり耳にしたりする機会が増えましたが、もともと高島帆布といえば産業資材としての使用が地場の生産の割合の多くを占めていたそうです。鉄道貨物のシートやテントの幌、各種袋など、我々の日々の中で使用される名もない道具の素材としての役目が多かったようです。しかし、そういった産業に使われるからこそJIS規格という厳しい基準の下に生産されていて廃止された今もその基準はしっかりと守られているそうです。そんな産業資材とアパレル商材のハイブリッドが近年の高島帆布といえ、様々な織り方や色、模様などよりバリエーションも増え、より消費者の近くにある素材になっています。

高島帆布に興味が出たらぜひ高島へ!

上記の話で高島帆布や高島に興味が湧いたらぜひ実際に足を運んでその土地の空気や文化に触れてみてください。その地域性が商品や製品を特長づけているので知れば知るほど商品に愛着がでるのではないでしょうか。

関西圏や中京圏であればおおよそ2時間くらいで高島へ。プチ旅行にもぴったりです。
織物のこと、歴史のことを事前に知ってると同じ景色でもまた違って見えるかもしれません。

高島を訪れた際には高島で織物が発展した要因を肌で感じてください。

白髭神社
白髭神社の大鳥居 滋賀のシンボルの一つにもなっている

関西圏から湖西道路を北上し、琵琶湖岸を北上すると高島市に入って最初の人気の見えてくるのは白鬚神社。鳥居がびわ湖の中に立っており、写真映えする人気のスポットです。


白鬚神社は、全国に約300社ほどある白鬚神社の総本社とされ、創建は今から2000年以上も前といわれる近江最古の神社です。御祭神猿田彦命で別名、白鬚明神や比良明神ともいわれています。鳥居がびわ湖の中にあるのは参拝する上で船が重要な交通手段であったから?と思っていましたが実は元々陸地にあったようで、琵琶湖の水位が上がったから今は琵琶湖の中に建っているそうです。

白髭神社を抜けて161号線が少し内陸に入ると安曇川の市内に入ります。道の駅 藤樹の里あどがわがありここでは地元高島地域の地場の野菜や湖魚を使った惣菜、そして高島帆布のバッグや高島ちぢみの商品を購入することができます。ちなみに名前の由来は陽明学者の中江藤樹に由来しています。

新旭 針江地域 かばた
新旭の集落の合間をながれる小川 カバタという独自の水辺の文化が今も根付いている

安曇川を越えるとシナテルがお世話になっている機屋が多く立ち並ぶ新旭に入ります。新旭には多くの繊維産業に関連する工場が立ち並んでいます。また新旭駅前のたかしま・まるごと百貨店では高島地域に居を構えるバッグ製造メーカーの商品や高島ちぢみのステテコやパジャマを購入することができます。

また針江地域には「カバタ」と呼ばれる湧き水を利用した独自の地域システムが存在し、水環境の豊かさを物語っています。高島地域には用水路と呼べるような家と家の間を流れる小川にも清らか水が滔々と流れており水の豊かな地域であることを物語っています。お世話になっている機屋の横を流れる側溝ですら透明度の高い清らかな水が流れ、ちいさな魚が泳いでいます。いかに水をたくさん貯えている地域であるかを物語っていて、繊維業が栄えた要因の一つである湿潤な気候であることもうなずくことができます。

海津大崎
海津大崎の桜 春になるとたくさんの人が訪れる

冒頭で紹介した通り敦賀に陸揚げされた物資が山を越え、びわ湖の北西に位置する海津港や塩津港から湖上輸送を経て京阪神へ。明治以降より早く便利な輸送方法が確立され、現在は造り酒屋や漁村の風景に当時の面影を見ることができるばかりとなっています。桜の季節になると海津大崎には琵琶湖に浮かぶ桜の花びら、花筏を見ようとたくさんの観光客が来られます。当時は帆船が琵琶湖の湖上を行き来していたなんてことに思いを馳せるのもいいかもしれません。

マキノ町 メタセコイア
マキノのメタセコイア並木 四季折々の表情を見せてくれる人気スポット

高島市最北のマキノには四季折々の表情をみせてくれるメタセコイア並木があります。
旅の終わりにぜひ立ち寄っていただきたい滋賀を代表する観光スポットの一つです。

いかがでしたでしょうか。風光明媚で自然環境ゆたかな場所で高島帆布をはじめとする綿織物が生産されています。工場見学等させてくれる機屋さんはなかなかないのですが、高島の町(特に新旭)を歩くと、街のそこらじゅうに織物にまつわる大小の工場があり、小さな木造の小屋に撚糸(例:3本の糸を撚って1本の太い糸にする)の機械が並べられていたりと発見と気づきがあってとても面白い街だとおもいます。またそこらじゅうを流れる小川や用水路の水量と水の透明感にただただ驚きます。機会があれば産地に訪れその土地の空気感を味わうのも商品の魅力をしる一つのきっかけになるかもしれません。

高島帆布トートバッグ Sサイズ

8,250円 (税込)

高島帆布トートバッグ Mサイズ

11,000円 (税込)

高島帆布ショルダーバッグ

9,350円 (税込)

高島帆布サコッシュ

6,600円 (税込)

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この記事を書いた人

Nakamuraのアバター Nakamura バイヤー・ライター

二児の父親です。滋賀って本当にいい所で、面白い場所、素敵な店、オススメしたい商品、楽しい人々・・・たくさんあります!
それらのものを自分の言葉で伝えていけるよう、楽しく記事を書いていきます。
インスタグラム、フェイスブックも担当しています!

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